雨
空 白く煙り始め 少しずつ空気が水を含んでゆく じきに雨が降る 窓をかたかたと揺らす雨音 庭の芝はすでに濡れ一層あおく 花壇の土は一身に水を吸っていた 花だけが寂しげにうつむく 雨はひたすら穏やかだったが しかし確実に何かを蝕んでいった それは君の幸せを願う私の心であり 花を慈しむ君の優しさだった... 続きをみる
夕暮とある人
暖かさと冷たさを含んだ秋の風が 君の髪を撫でる 糸よりも細い君の金色の髪が 芝生の緑に美しく映えて揺れている 早くも陽は西に傾き 君の疲れた顔を燈色に染める 僕たちは互いに言葉を捨てたまま ただ夕日からいつまでも目を離せないでいた 残された時間はもう僅かであると分かっているのに 耐えられなくなっ... 続きをみる
ピアノ
月の光に青く照らされたピアノ 全てのものが静けさの中で 夢の中に連れられた後の 温もりひとつない夜 指先でふれた鍵盤は冷たく硬く シルクのように滑らかだった こんなに美しいもの そして世俗に穢れた僕 自分を浄化するように僕はピアノを弾く 全ての鍵盤が息を押し殺して じっと僕を見据えている ピアノか... 続きをみる
秋
ぼんやりと薄日のぼり きりりと冷えた窓を開ける 流れ込む金木犀の香り 僕をかすかにふるわせる凛とした朝 日が昇り天は気を失うほど高く まばらにちぎれた無数の雲 そのひとつさえ掴めそうにない むせ返るような原色の日々はすでに消え去り すっかり色の抜けてしまった水色の空 瞬きする間に日は傾きそして朱く... 続きをみる
梅
君早春の庭に来て 真白に紅に綻ぶる 漆の黒く光るよな 枝の先にて華揺るる 我君の香に誘はれ 未だ雪残る土を踏み ふるりと君に近寄れば じわり目に染む色の海 姿変はらぬ君なれど 散りゆくさだめは辛からむ 涙こぼさぬ君なれど 雨に濡れるは憂しからむ やがて風来て君見初め ひゅるると庭から連れさらる 我... 続きをみる
風
一定のリズムで風にゆれるカーテン うすいレースの向こうに見えるもや 5月にしてはひんやりとした空気が 僕の部屋をのぞいていく 少しずつ風はつよくなり 干したズボンはあわててハンガーにしがみつく ズボンを助けに窓の外へ手を伸ばすと アスファルトから昨日の雨のにおいがした 今にもぽつりときそうではあっ... 続きをみる
花
空の青さをとぷりと地面に落としてしまった 見わたすかぎりのネモフィラ畑 きっとここでは ネモフィラ以外は生きてゆけないのだろう 風にさざめきつづける青い絨毯のなかで 僕はひとりだった ただ風に揺られるために生きられないこと ぬるい日常のゼリーから出られないこと やがてネモフィラが西日におおわれ あ... 続きをみる
旅
旅の前に 鞄を荷物で満たしてはいけない 君に必要なものは みんな向うで待っているさ こんな機会ないからと カメラばかりを構えてはいけない 君がほんとに見たものだけが 昨日のように蘇るのさ 言葉が分からないからと 下を向いていてはいけない 君に必要なのは こんにちは、おいしい、ありがとうの三つだけ ... 続きをみる
海
伊豆のホテルの 大きな窓から、 一日中海を眺めていた。 こんなにたくさんの塩水 一体どこから あの遠くの沖に見える岩 潮に溺れてしまいそう 波に濡れた砂浜には ぺちゃりと音がしそうな足跡 五月の海はまだ少し冷たいだろう あの波の一滴になれたら あの砂の一粒になれ... 続きをみる
早朝の青空
早朝の青空が好きだ 青の絵の具を限りなく薄め すっと上澄みを筆先に含ませ どこまでもまっすぐに引いた線のような 早朝の青空が好きだ まだつめたい空気を吸い込み 肺のあたりから青く染まる僕の体躯 そのまま空に溶け込めるような 早朝の青空が好きだ やがてふわりと朝陽が差し入り あたり一面をオレンジ色に... 続きをみる